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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~
第12章 第一部・第三話 【月戀桜~つきこいざくら~】 十六夜の月
 小紅の思惑を知ってか知らずか、肥前屋は上辺だけは鷹揚な笑みを浮かべ、幾度も頷く。
「それは惜しいことをしたものだ。こんな器量良しのお嬢さんなら、難波屋さんより先に私が面倒を見ると申し出ていれば良かったよ」
 いかにも冗談に紛らわせて言っているようだが、眼はまったく笑っていない。しかも、その瞬間、肥前屋の細い眼にはより強い粘着質な光がまたたいた。
 蛇に睨まれた蛙。小紅は背筋に氷塊を入れられたように総毛立った。
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