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不条理な世界に、今日も私はため息をつく
第1章 破談になりました
『仕事帰り会えないかな。結婚について大事な話をしたいんだ』
突然携帯のメールで、あたしは馴染みの喫茶店に呼び出された。
一週間後に控える結婚式についての打ち合わせだろうと、特に邪推しないまま、あたし……佐伯結愛(さえきゆめ)は、未来の夫との待ち合わせ場所に赴いた。
裏路地にある喫茶ノワール。静かなJAZZが流れる、レトロな喫茶店である。
この場所であたしは新山聡(にいやまさとし)と出会い、彼と付き合って何十回もこの場所で待ち合わせし、そして三ヶ月前、この場所でプロポーズされた。
イケメンではないけれど、真面目が取り柄の、2つ年上の公務員。
元カレがイケメンの遊び人でかなり辛い思いをしたから、今度は堅実性で選んだ結果、あたしは今日、23歳の誕生日前に念願の寿退社をしたばかりだった。
大きな婚約指輪が燦々と光る手には、華やかな花束と会社の皆からの贈り物。
短大卒業後、目立たぬ中小企業の事務職につき、残業なしだけが利点の味気ない毎日を送っていたけれど、こうして祝福されて会社をやめるのが、小さい頃からの夢だった。
「聡、お仕事お疲れ様。話ってなあに?」
生理一日目の重い気分を堪えて、可愛い婚約者の笑みを向けていれば、聡が突然、額をテーブルにつけながら頭を下げて言った。
「結愛(ゆめ)、実は好きな人が出来たんだ。
だから結婚をやめて別れて欲しい」
なにを言われたのかわからず、あたしは暫し目を瞬かせた。
「今、相手を呼んでいる。……あ、来たようだ」
カランコロンとドアが開く音がすれば、そこからひとりの目立つ人物がこちらに歩いてくる。それは聡の横で止まった。
「ハニー」
そう呼んだのは、聡。そして彼は、そいつの腰に手を回して言ったのだ。
「結愛、これが俺が愛したひとだ」
ごつい、ひげ面の強面の男を。