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五十嵐さくらの憂鬱。
第5章 …5
「…わ、私が辞めたら、美術部なくなっちゃうから…」
「それで、頼まれたんだよね。籍だけでいいから入れておいてって」

さくらには、悪夢の始まりの音が聞こえてくるようだった。

「だから、部活の日には顔をださなくっちゃね」

翔平よりは背が低いものの
それでも高い身長の樹は
小首をかしげるようにして
翔平に笑いかける。

それはそれは美しく、勝ち誇った笑み。
その瞳の奥に翔平にだけ伝わるように
ーーー手を引けーーー
というメッセージが込められているのを
翔平は敏感に感じ取った。

「なんだ、そういうことね…」

つぶやくと、部長がさくらに向き直った。

「私は来られなくなっちゃうけど
彼がいるから大丈夫そうね。
じゃあ、頼んじゃうけどよろしくね」
「あ、でも…」

煮え切らないさくらだったが
先輩の言うことなら仕方が無い。

部長と副部長は、
樹と翔平となにやら話をしている。
さくらは、自分の作品の前に立ちながら
どこか自分のことではないように感じられて
ぼうっと見ていた。

そのうち、部長と副部長は部室から去って行ってしまい
樹と翔平と3人になった。

「青木くんは部活じゃないの?」
「今日は休みました」
「熱心だときいていたのに、どうして?」

翔平は睨みつける、に近い目力で樹を見た。
その視線に微動だにせず
樹は聖母のような微笑みを浮かべながら
さくらの隣に座った。

「ちょっと気になることがあって…」
「俺と、さくらのこと?」

図星に翔平はたじろぐ。

「翔平くんは、さくらのこと好きなの?」

とたんに、翔平の顔が赤くなる。
さくらの髪の毛を指に絡みつけては
それをほどくという遊びを始めていた樹は
ビンゴ、と口だけを動かして
翔平を射止めた。

「ダメだよ。さくらには彼氏がいるんだから」
「別に、好きとかそんなんじゃない!」

ムキになる翔平に
樹は優しく笑った。

「ごめんごめん。そんな風に見えたからさ。
大切な友達なんだよね。
そりゃ、俺みたいな元ヤンといたら
からまれてるかと思うよね」

樹は翔平をたたみかけに来た。

「でも大丈夫、なんにもないよ。
相談にのってるだけ」

ーーーだから、さっさと失せろーーー

樹の優しげな笑みに
翔平は黙りこくるさくらを見た。
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