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監禁DAYS
第3章 今だけ傍にいて
「夢を……見るんです」
どんな?
白衣を着た男が書類を見ながら優しい声で問う。
「土砂降りの中、少し遠くに人影が立っているんです」
知っている人?
「いえ。近づかないと、わからなくて……輪郭だけ」
そうですか。
「でも先生。一つわかるのは、その人……レインコートを来ているんです。コートの表面だけが微かな陽光と電灯の明かりを反射して……それでわかるんです」
……。
あまり……イイ夢ではないようですね。
「ええ。怖いんです」
その男の顔は見えますか?
「やだな、先生。私は男だなんて言ってないじゃないですか」
これは失礼。
そうですね、どなたかわかりますか。
「それがね、先生」
はい。
そこでやっと目を上げる。
それから男はぎょっと顔を強張らせた。
患者の虚ろな瞳と歪んだ笑みを見て。
「おかしいんですよ。遠くからでも見間違うわけがない。どう見てもね、美香なんです。美香がにっこりと笑って、私を指差しているの」
……ほお。
シャッシャ、と何かを綴る音。
「けどね、ようく見たら……指差しているんじゃないの」
ガタン。
椅子が音を立てる。
患者がガクリと上半身を倒したのだ。
身体を曲げたまま、くくと笑う。
男は咄嗟に伸ばしかけた手を躊躇って止めてしまった。
それほどまでに、患者の様子は普通じゃなかった。
細い肩を震わせて笑いを堪えるように。
「私に向かって……美香は……包丁を、向けてるの」
がたり。
立ち上がった彼女の表情は暗く、長い前髪が目を覆い隠している。
「雨が降ってるのに、その包丁の先にはべっとりと赤いものが付着しているんです。でもね、やっぱりレインコートには何もついてないの。雨が伝って落ちていくから少し重そうに垂れているんだけど、真っ黒なの。それでね、美香はにっこりと笑ってるの。綺麗な顔は事件の前みたいに傷一つなくって。真っ白な肌が薄暗い中でぼうっと浮かんで。右手かな……細い指で握ってるの。ねえ、先生。美香は私を恨んでるのでしょうか」
夢はそのあとも続くのですか。
戸惑いながらも男は診察を再開しようと試みる。
身内の殺人事件を経た家族の心の傷はマスコミや隣人が思うよりもずっと深くおぞましい。
「美香に近づこうと思ったんですよ。一歩ずつ、美香に。何かを伝えたくって。謝りたかったのかな……でも雨が邪魔で」