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あの店に彼がいるそうです
第7章 どちらかなんて選べない
 掃除が終わり、帰ろうとした時だった。
「もうすぐ給料日ですよーん」
 三嗣がスキップする。
 器具を片付けて扉を閉めた一夜がため息を吐く。
「お前は気楽だな……ノルマ達成できてんのか」
「いち兄、今月はおれが越しちゃうかもしれないよ」
「どの口がいう」
 そう言いながら口を塞がれ反論も出来ない三嗣。
 つい頬が緩む。
「瑞希はまだ心配しなくていいだろうけど」
 真顔になった一夜が見つめる。
「ノルマ?」
「そうだ。類沢さん、そういうとこには容赦ないからなー……今月も何人振り落とされるかみんなビクビクしてるよ」
 トップとしての厳しさ。
 ホスト業界の厳しさ。
 俺は会話を弾ませる二人の傍らで、無関係者のように他人事だった。

「昨晩なにした?」
 篠田が口元だけで笑いながら訊く。
 類沢はコートを着ながら首を振った。
「やっぱり……長期戦て厭なんだよね」
「お? 積極的になったな」
 煙草を取り出す彼にライターを差し出す。
 火を点けると、篠田は身を屈めて煙草を近づけた。
「あんなに怯えられると、いじめたくなるでしょ」
「泣かすなよ」
 忠告だけは受け取るよ、類沢は呟いた。
 窓が風に揺れる。
 今夜は天気が荒れるらしい。
 見上げる間に窓に水滴がぶつかってきた。
「明後日だっけ」
「集計か。もう結果は出ているぞ」
 篠田が机を指さす。
 雑然としたいつもと違う、封筒の山。
「瑞希は蓮花の分だけだが、かなりの額だ。この分だと、再来月には払い終わるかもな」
「どうだろうね」
 興味がないふりをする。
 もはや、借金はただの枷。
 繋ぎとめておくだけの枷。
 それが外れたら、犬は飛び出すだろうか。
 類沢は自嘲気味に笑んだ。
「俺は心配しているぞ」
 電気を消す。
「ナニ?」
 先に外に出た篠田が指を立てた。
「ホストの裏ルールだ。恋に溺れたら地位を見失う。どこぞの誰かに当てはまらないか?」
 雨音を貫く声。
 くっと指を曲げて雨の中に消えていった。
 水の臭いに包まれた街を眺める。
 それから、空を。
「溺れたりなんてしないよ……」
 口元に落ちた滴は顎を伝い、首筋に流れ心臓を目指した。
 瑞希はどこで待っているんだろう。
 傘も差さずに類沢は歩き出した。
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