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あの店に彼がいるそうです
第7章 どちらかなんて選べない
 二年間、一人暮らしをしたアパート。
 俺は見慣れた通りの向こう、雨の中寂しそうに佇む建物に目を細めた。
 一階に並んだ三室。
 左から拓、忍、俺の部屋だ。
 二階は管理人が住んでいるほか、空いていると聞いた。
 電気が点いていないところを見ると、まだ新人は入っていないんだろう。
 俺が出て行ってから、何も変わっていないんだ。
 何も。
 錆びた鉄柱に支えられ、淡い水色の壁が濡れて灰色に染まっている。
 階段は目立たないように壁の端に引っ付いている。
 絡まる蔦は、元気に屋根を目指す。
 足音が響くから、防犯上は二階の方がいいと管理人に勧められたことを思い出す。
 それでも俺は、先に住んでいた忍と拓のいる下を選んだんだ。
 幼稚園から親友だという二人は、毎日のように怒鳴り合いの喧嘩をしていた。
 そのくせ一緒に買い物に出かける。
 あの諺がまさに似合う二人組だ。
「僕が行くと話しづらいみたいだから、一人で行ける?」
「……わかりました」
 車を少し離れた空き地に横付けする。
 少し不満だけど、類沢の云うことも一理ある。
 俺じゃなくて、あの二人が話しづらくなるんだろう。
 
 降りると同時に寒さと雨粒が襲ってきた。
 早足にアパートに向かう。
 一〇三号室。
 懐かしい。
 二週間ぶりなのに、懐かしい。
 確かに生活感が色濃く、俺が出て行った後も人が住んでいた気配がある。
 灯りも見える。
 表札は部屋番号しか書かれていない。
 拓の忍、と書かれている忍の表札が例外で、普通は名前なんて見せない。
 この中に、一夜と三嗣がいるのか。
 拳を上げる。
 少し迷って指を伸ばし、チャイムを押した。
 ノックで現れるかはわからないから。
「はい」
 靴の中で足先に力が入る。
 この低音。
 ドアスコープを確認する影がよぎった後、扉が開く。
「み……ずき?」
 本当に一夜がいるなんて。
 奥からぱたぱたと足音が続く。
「えっ。瑞希さんだ」
「なんで、二人がいんの?」
 雨音だけが継続して鼓膜を揺らしている。
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