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あの店に彼がいるそうです
第8章 一体なんの冗談だ
 開店前の店の空気がおかしい。
 類沢が先に入り、中央に集まっているホストに近づく。
「なにやってんの」
 晃が進み出る。
 その後ろの床に拓が転がっている。
 顔は平気だが、腹を抱えて辛そうに。
 駆け寄ろうとした俺をアカが制した。
「類沢さんに任せな」
 余裕ある表情にぞっとする。
 見回すと、ここには晃とアカの派閥しかいない。
 この時間にこれだけのメンバーがいること自体異様だ。
「新入りの教育だよ」
 拓を殴ったであろう手をぶらぶらさせて。
 ふっと温度が変わる。
 類沢が目を細めただけで。
「教育? 入って二日目の新入りが殴られる失態を犯すっていうの?」
 二人を囲むように円が出来ている。
 類沢の後ろには俺とアカしかいない。
 ほとんどは晃サイドだ。
 アカの連中は椅子に座って成り行きを見ている。
 余計に緊張が高まる。
「キャッスルにうちの情報流してたんだよ」
「おいおい、一体なんの冗談だ」
 奥から現れた人影に全員が向き直る。
 篠田が白スーツ姿で頭を押さえながら現れた。
 額にはうっすら血管が浮き出ているようだ。
 錯覚だと信じたい。
「拓に使いを頼んだのは俺だが。こいつの親友がキャッスルに勤めてるからな。持って行ったのはガヴィアの動向報告だよ。こういう時は歌舞伎町内で連携しないとやってけないだろ」
 晃が眉をひそめる。
「そんな大役をこいつに任せたんすか」
 拓を指さす。
 その手が勢いよく掴まれる。
「そうだって言ったら治療費払ってくれますかねー」
 口の端の血を舐めて、拓が囁く。
 暗い光を含んだ瞳が晃を睨みつける。
 悪寒がして、急いで手を払う。
 なんだ、こいつ。
「言っとくが、拓を舐めるのは大概にしとけ。俺は全面的に支援してるんだぞ、ライバル店を常に意識してるこの小僧を」
「そんなこと誰だって」
「新しく入ってきた奴を延々とからかう趣味があるにしては大口叩くね」
 類沢の冷たい言葉に晃が固まる。
 その眼が捕らえたのは俺。
 しかし、すぐにアカが庇うように一歩出る。
「あれ~。言っちゃっていいのかな、晃ぁ? みぃずき構ってる場合じゃないんじゃないの。今日のノルマ発表、どうなってるかわかってる?」
 何の話だろう。
 晃の派閥がざわついたのだけは確かだ。
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