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あの店に彼がいるそうです
第10章 最悪の褒め言葉です
コンコン。
シートを倒してぼーっとしていた頃、ノックがした。
類沢かと思って見上げると、知らないスーツの男が立っていた。
ニコリと微笑んで。
黄色と黒のストライプの目立つネクタイで。
グラデーションがかったメガネを掛けた長身の男。
あ。
どっか見た。
この男。
俺は会釈を返し、どうしようか迷った。
類沢に連絡するか。
大事な話し合いをしているのに?
でも、簡単に開けていいのか。
前回みたいなことに巻き込まれるかもしれないのに。
少しだけ用心深くなった俺は、ダッシュケースからメモを取り出しペンで質問を書き出した。
「なんですか?」
単純にして明快。
そう。
筆談を試みたわけだ。
相手は少し意外そうな顔をして、それから胸元からタブレットを取り出すと、文字を打ち込んでガラスに押し付けた。
「宮内瑞希さんですか」
びくりとした。
え。
シエラのメンバーではない。
じゃあ、八人集の関係者か。
俺は知らないのに、相手は知っている。
この奇妙な感覚は好きじゃない。
とりあえず身元がバレているなら嘘を吐いても仕方がない。
ペンで書こうとしたが、相手の目を見て頷いた。
それに満足げに目を細めると、また何かを打ち込む。
その手元をじっと眺める。
高そうな時計。
骨ばった手。
記憶を辿る。
どこかで見た手。
「岸本忍さんのご知り合いですね」
またも意表を突かれた。
ここで忍の名前が出るなんて。
じゃあ、雛谷の知り合いか。
混乱する。
そんな人がなぜここに。
わざわざ俺に会いに。
「彼についてお話したいことがあるのですが」
なんだ。
忍のこと?
だったら拓に言うべきだろ。
返事に困る。
「できれば降りてきて貰えませんか?」
どうしよう。
類沢さん、早く戻ってこないかな。