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あの店に彼がいるそうです
第10章 最悪の褒め言葉です
その瞳はいつもの寒気がするほどのあの殺気を纏っていないが、そのせいか恐ろしく脆いものに見えた。
「スゲー眠ぃんだ……けど寝たくねーの。さっき悪夢見てたんだ。今までで一番狂ってる夢。てめぇも出てた、あんま覚えてねーけど」
「オレってしょっちゅうお前の夢に出るな」
「そろそろ出演料払えよ」
「オレがかよ」
「ああ、てめぇがだ」
ふっと笑う。
拓は鼻を啜って明るく尋ねた。
「何が良い? 焼き肉にステーキにハンバーグの肉ハーレムか? 酒池肉林みたいな」
「酒池肉林はそういう意味じゃねーよ」
「だっけ?」
「バカだな……拓は」
瞼が下がる。
拓は言い様のない焦りで忍にしがみついた。
けれどその肩を忍が突き放す。
眼を見開いた拓に笑いかけた。
「まだ死なねえから。な?」
「お前らしくねぇんだよ……強がりやがって……」
廊下に出てきた拓がそう呟いた。
俺は類沢と一緒に近づく。
「目、覚ましたの?」
「ああ、普通に会話した」
その眼の赤さを見れば嘘だとわかる。
だが触れることは許されない気がした。
「今日は泊まっていく?」
類沢の提案に拓は頷いた。
「篠田に伝えとくから店は休んで良いよ。傍にいたいでしょ」
「クビじゃないっすか」
「はははっ、拓みたいな人材を篠田が手放すわけないよ。安心して休みな」
もちろん、休むの意味は違うが。
拓が頭を下げた。
「ありがとうございます!」
けれど、俺は言いたいことでモヤモヤと苦しんでいた。
なんで、拓は訊かないんだ。
手術のことを。
費用のことを。