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あの店に彼がいるそうです
第13章 今別れたらもう二度と
「時間だ」
篠田が椅子から立ち上がる。
戒が巧の椅子を引いてやり、二人も出口に向かう。
手でそっと引くと、扉はロックなどなかったように素直に開いた。
廊下に出ると、エレベーターの方に誰かが壁にもたれていた。
近づいて、正体を知る。
だが、ここにいる理由なんてないはずの人間。
戒はピンと来ないらしく、ただ眉を潜める。
「……紫野」
呼ばれた青年は篠田に気づいて会釈する。
「こんばんは、御久し振り~。篠田さん」
「キャッスルはどうした。いや、なんでお前が……雛谷か? 忍の……」
そこで合点がいった。
眼を見開いた篠田に紫野がぱっと笑顔を見せる。
「そうそーう。鵜亥さんに情報を流していたのは他でもなく俺。あ、でも雛谷さんも紫苑さんも無関係だけど」
紫野恵介。
キャッスルに入って二年目にして、トップの紫苑と並んだ若手。
以前からシエラに移籍したいと雛谷を通じて聞いていた。
実力はあるが、店同士の諍いを避けるために断り続けていた。
「お前、堺の人間だったのか」
「んー。どういえば良いかな。俺ね、そこにいる巧にちょっと面識があるんだ」
名前が出た巧を振り返ると、真っ青になって紫野を見つめていた。
幽霊に出くわしたかのように。
戒がその肩を掴む。
「どうした」
「う……ウソやん……っ。なんで、なんでっ……恵介がおるん?」
なるほど。
篠田は紫野に向き直る。
「鵜亥の元で同じく飼われていたのか。海外に売られたんじゃなかったのか?」
先ほどまで聞いていた戒の昔話に繋ぎ合わせる。
偽造パスポートの名義にいた一人。
あの時戒が失敗したことで、その後の行方はわからなかったそうだが。
Tシャツと迷彩柄のパンツ姿の紫野は、トンと壁から離れて此方に近づく。
「懐かしいなあ。そう、巧がそこの裏切り者の運び屋と逃げてから、大変だったよ。鵜亥さん荒れるし、汐野さんも扱い雑になって八つ当たりでやべえプレイとか強要されたし」
戒が警戒して巧の前に出る。
そんな様子を紫野は笑い飛ばす。
「ははっ。誤解しないで。俺ね、篠田さんに協力したくて来てんの。今日はあれでしょ。瑞希って新人の為にみんな動いてるんだよね」
そこは雛谷から聞いているのか。
「同僚の岸本の情報を売っておいて今更何を」
怒りが滲んでしまう。
「そう怒んないでよ。仕方なかったんだから」