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あの店に彼がいるそうです
第2章 郷に入ればホストに従え
「へえ? あの蓮花さんが」
 着替えながら類沢に今日あったことを話した。
 ラフな灰色のタンクトップに漆黒のズボンという格好の彼はあまりに季節に合っていない。
「……寒く、ないんですか」
 長袖長ズボンのパジャマな俺は呆れて呟く。
 目の前にワインとグラスが置かれた。
「全然。蓮花さんがうちに来るとはね……その上瑞希の指名とは」
 トポトポとワインが注がれる。
 まだ、飲む気か。
 正直無理だ。
 だが、グラスは2つある。
 嫌がらせかと思えてくるが、グイと飲み干し二杯目を入れる類沢には何も言えない。
「有名なんですね。篠田チーフの従姉妹さん」
「有名なんてもんじゃない」
 類沢は座り直して脚を組むと、遠い目をして壁一面の窓を見つめた。
 夜空が反射して蒼い光が、その瞳に揺れる。
「歌舞伎町で上位に行くには、太客を捕まえるだけでは足りない。同時に客を寄せる名声が必要になってくる」
 俺は両手でグラスを抱え、話に聞き入る。
「つまり客自身が世間に知られる人物であることが要になる。蓮花さんはその最たる人と言って良い。社長令嬢と、画商という2つの肩書きを持っているんだ」
「社長令嬢……?」
 そこで、類沢は口を結んだ。
 何かを言いよどむように。
 しかし、三回ほど瞬きをするとまた話を始めた。
「多分、瑞希でも聞いたことがある自動車グループだよ。海外にも支社を数十持っている。資産は少なく見積もって十兆円と言われてるよ」
「はい?」
 十兆。
 たしかエレベーターに札束を積み込んで一兆円だと言う。
 その十倍。
 凄い。
 そんな単純な言葉しか出てこない。
 十兆、か。
 待てよ。
「じゃあ、篠田チー」
「そうだよ」
 遮るように類沢は言い放った。
 それから頬杖をつく。
「あの人にも後継者になる資格はあったはずなんだ。だけど、ホストを選んだ。そうしてくれて良かったよ」
 またグラスを空ける。
 一息吐くと、彼は言った。
「でなければ、類沢雅なんて名前になんの価値も生まれなかった」
 俺は無意識に肩に力が入っているのに気がついた。
 類沢と篠田。
 今の話からすると、篠田が類沢をスカウトしたということだろうか。
 それをスタートに、彼は最高点に上り詰めた。
「飲みなよ」
「あ、はい」
 深い味がした。
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