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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです

 キーを指に掛けて振る。
「気をつけて行ってくださいよ、よそ見せず」
「誰に言ってるの」
「フリーター類沢雅さんに」
「そのヒモになる覚悟は出来てる?」
「何言ってるんですか、抜かしますよ」
 同時に顔を緩ませて、首を横に振った。
 類沢がアクセルを踏む。
「来てよかったよ」
「会えて良かったです」
 今度こそ、車は発進した。
 すぐに坂を下って遠ざかる。
 俺はキーを指から垂らして立ち尽くした。
 夢。
 夢じゃない。
 そう信じられるのは、もう一度再会するとき。
 ですよね。
 類沢さん。
 裏口の扉に手を掛ける。
 玄関から同時に声が上がった。
「オペラへようこそ」











 あの日、西武新宿駅前で兄の店を探していたとき、私を呼び止める声がした。
 爽やかな青年の。
「どこか探してるの?」
 大学生に見えた彼には、警戒心が不思議と沸いてこなかったから、名刺を見せた。
 一昨年貰った名刺を。
「シエラね。案内しようか」
「え、でも」
「あの店には、類沢雅がいるって知ってる?」
 金原圭吾の笑みに、河南は頭を振った。
 それはそれは小さなきっかけ。
 
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