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あの店に彼がいるそうです
第3章 体を売るなら僕に売れ
「いやぁ……この子には負けますよ。ねぇ、名前は?」
 類沢でなく俺に尋ねる。
 一瞬迷ったが、答えた。
「へえ。瑞希って言うんだ。女の子みたいな可愛い名前だ」
 何度も可愛いと言われ戸惑う。
 どうみても目の前の雛谷の方が女性からしたら可愛いと思うのだが。
 余計な考えを振り払う。
「シエラは楽しい?」
「まぁ……始めたばかりで」
「あーっ、勿体なかったなぁ。先に見つけてたら絶対採用したのに」
「空斗さん?」
「……冗談ですよぉ。半分本気の」
 類沢の顔が見れない。
 この危険信号に気づいていないのか。
 段々寒くなりつつあるこの場から離れたくて仕方がない。
 その気持ちを読み取ったのか、類沢がグイッと肩を抱く。
「失礼」
「もう行くんですか」
「えぇ」
「篠田チーフによろしく」
「……えぇ」
 車に行くまで、一瞬たりとも後ろを振り返らない。
 肩に触れる手から伝わる。
 これは相当キてる。

 エンジンをかける。
 ハンドルを切りながら、類沢は低い声で話し始めた。
「あの男はシエラのライバル店、キャッスルのチーフだ」
「ホストじゃないんですか!」
「そこがタチが悪い。ホストならまだ大人しかったんだろうけど、さっきみたいに隙あれば勧誘をする男だ」
「じゃあ、篠田チーフのライバルってことですね」
 信号で止まる。
 赤い光がフロントガラスを照らす。
「……他人事じゃない」
「え?」
 独り言だったのか。
 類沢は答えなかった。
 黙殺に近い。
 警告めかすようで、云いたくないような。
 その代わり、違う話題で俺を追い込んできた。
「蓮花さんとは何を話してたの」
「え……と」
 発進する。
「まぁ、聞こえてたんだけど」
 ざわ。
 体中から鳥肌が立つ音が聞こえた。
 気がした。
「どこから……ですか」
「試さない? 辺りから」
「ほぼ全部じゃん……」
 あの後を全て聞かれてたのか。
 むしろ入って来て救って欲しかったのに。
 そんな恨めしさもよぎる。
 よぎるだけ。
 言えない。
「一つ教えようか」
 丁度駐車場に着き、車が止まる。
 前を向いていた顔が自分を捕らえる。
「ホストは体を売った瞬間名前が地に落ちる」
 静かに震えが走った。
「体を売るなら僕に売れ」
 唖然とする俺を置いて、類沢は車を降りて行った。
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