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あの店に彼がいるそうです
第5章 殺す勇気もない癖に
 寒い。
 上着を取り返したかったけど、多分イヤホンもマイクも壊れたかもな。
 冷たい床に膝をついて項垂れる。
「よし、こんなもんか」
 そばでカチャカチャとなにか作業をしていた玲がやってくる。
 見えないけど。
「強めで良いって聞いたからな。いつもの二倍濃度だけど……死なないだろ」
「は?」
 縛られた腕を持ち上げられ、鋭い痛みが走った。
 針?
 細い針が勢いよく抜かれる。
 ジクジクと残痛が蠢く。
「あっ……ぐ」
 耐えきれずに倒れる。
「痛いのは初めだけだ」
 玲が道具を仕舞いながら言う。
「セックスと同じだろ?」
「……ぅああッッ、は」
「痛そうだな」
 愉快げに呟き、俺をマットに運ぶ。
 地面がどこかもわからない。
 心臓が叫んで、呼応するように息も荒くなる。
「半裸でもがいて、卑猥すぎだろ」
 誰のせいだよ。
 声がどこからしたのかもわからない。
「は……ぁくッッ」
 カチッ。
 ライターの音の後に煙の臭いがする。
 煙草か。
 息が苦しい中では微かな煙にすら咳き込んでしまう。
「ゲホッ、はッッゴホ」
「あ。煙い? ごめんな」
 辞める気配もない軽い口調。
 初めて知った。
 煙草にも種類があるんだ。
 類沢さんのとなんて違う。
 吸うほど頭痛が増す。
 わざとなんだろう。
 打たれた場所が麻痺してきた。
 なんだ。
 なんの薬だ。
 思い出したように恐怖がざわざわと足先からかけ上がってくる。
「シエラっていうと歌舞伎町No.1って肩書きもあって重く聞こえるけどよ、こうやって一人だけ引っ張って来たらなんてことないんだよな」
 玲の言葉が何重にも重なって聞こえる。
「あの類沢さんだって注射一本で壊れちゃうんじゃねーかな。もうすぐ見られるけど」
 くくく、と笑い声が反響する。
 勝手に首が震える。
 見えない視界がゆらゆらと。

 あれ……俺、死ぬ?

 手に爪を立てても感覚がない。
 嘘だろ。
「話聞いてるか?」
 意識が遠退く。
 ヤバい。
 あんなに寒かったのに、熱くなってきた。
「好みじゃないからさ、あとは他の奴等に引き渡すが、死ぬなよ?」
 ガタン。
「玲」
「今呼ぼうと思ってたんだが」
「予想より早く類沢が来たみたいだ」
「あ?」
 類沢、さんが?
「正確には……類沢達が」
 まさか。
 みんなが。
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