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私は犬
第29章 諦めろ*
私の後ろに貼り付いて、髪を撫でてくる有史さんに、それとなく、そう聞いてみる。すると、

「微妙に違うけど、似たようなもんだ。知ってしまったら2度と元には戻れない…。」

「俺とお前はさ…。人が開けてはいけないと畏怖している何かを…。多分、抉じ開けちまったんだと思う…。」

「抉じ開けた?これが?どこに蓋なんてあったの?」

「……。お前さ。もしかして、覚えてないのか?」

何が?何の事?覚えの悪い子供に根気よく教えるかのような、穏やかな口調で、有史さんは言葉を続けた。

「昨夜…。お前、俺にしがみついて腰振りたくって、『もっと噛んで。強く噛んで。痛くして。』って…。」

嘘だ…。そう思って、慌てて後ろを振り返って、有史さんの顔に目をやると、静かで穏やかな…。凪いだ表情を浮かべていた。

「こんなんで嘘ついて、どうすんだよ…。」

「私、痛くされるのが好きなわけじゃ無い。そんな事をして欲しいなんて、思った事なんてない。」

そう。そんな事を考えた事なんかない。私はそんな変態じゃない。

「………。」

有史さんは私の手首を掴むと、背中側に回して強く押し付けるように拘束して、足で私の両脚を抱えこんだ。そして耳元に唇を寄せて

「諦めろって言うのはな、認めて、ありのままを受け入れろって意味だ。分かるか?」

と、低い声音で囁いた。
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