おかしなもので、男は女から言われたことをいつまでも気にしている。
特に自分に否定的なことを言われたときは尚更だ。
もう三十年も昔のことになる。
中学生の頃だ。
当時、私は勉強もスポーツもそれなりにできて、自分で言うのもなんだが、そんなに容姿も悪くないと思っていた。
好きな子ができた。
なんでもテキパキとこなす、快活な女の子だ。
思い切って告白した。
多分、断られることはないと思って。
しかし、告白した私に彼女はこう言った。
「わたし、靴のかかとつぶして履く人、キライなの」
彼女は、私の足元を指差してから、くるりと背を向けあっけなく立ち去った。
彼女にとってそれは、付き合う男の最低条件と言わんばかりの態度だった。
その毅然とした姿が今でも忘れられない。
それ以来だ、かかとをつぶして履かなくなったのは。
別に彼女に気に入られようとしてではない。
なにか「やっぱり、カッコ悪いよな……」と反省することがあったのだ、と思う。
彼女に告白して、失敗して以来、私は彼女には近づかなくなった。
はやり、気まずかったのだ。
そしてほとんど会話もないまま卒業し、別々の高校へと進学した。
それ以来会ったことはない。
しかし、あの時の彼女の言葉は、今この歳になるまで、靴を履くたびに何千、何万回と頭の中で繰り返され、自分を正している。
その彼女と、今から会うことになるのだ。
四十二歳の男の厄年に開催される、中学校の同窓会だった。
それは郊外の温泉旅館でだった。
大きな会議室用の部屋で立食式の会が催され、その後、場所を座敷の大広間へ移しての宴会が始まった。
彼女はいた。
早くから見つけていた。
少し、太ったかもしれないが、一目で彼女とわかった。
しかし、私からは話し掛けなかった。
正直、私に対しての否定的な態度がまだわだかまっているのだ。
相変わらず、テキパキと動き回り、みんなにお酌している。
突然、私の前にビールを持って現れた。
後編へつづく……。
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蒼井シリウスさんの日記
ショートショート 『靴のかかと』 前編
[作成日] 2015-08-12 13:34:49