「修君、変わりないわね」
「ま、まあ……潤子ちゃんも……」
どう会話していいかわからず、コップを口に運んだ。
「あ、そうだ!」
彼女は思い立ったように会場を見回すと、声を上げた。
「賢くーん! 賢くーん!」
呼ばれた賢治が彼女の横に並んだ。
「私たち結婚したのよ」
飲みかけのビールを吹き出しそうになった。
賢治は大人しい目立たない子どもだった。
これと言って特色のない男だ。彼女と正反対と言えばそうかもしれない。
彼女の好みがこんな男だったとは……?
意外だった。
私は「そ、そうか……おめでとう……それで、いつ結婚したの?」と平静を装って訊いた。
「実は高校のとき一緒で、それ以来付き合ってて、社会人になってすぐ結婚したの……」
大人しく座っている賢治の横で、彼女は別に聞いてもいない事情を、楽しそうに話した。
「え、そんな前に?」
わざと驚いた表情を見せると、彼女は余計喜んだ。
でももう、驚きは立ち去っていた。
今は、なぜ彼女は私にこんなことを話すのだろう? と考えていた。
私が告白したことを覚えているのだろうか?
多分、覚えているだろう。
それを知ってて、わざとこんなことを話しているのだろうか?
彼女は、今でも私が自分のことを想っていると困るので、先制をかけたのだろうか?
でも、もうどうでもいいことだった。
ただ、どうしても納得できなかったのは、私が駄目で、賢治が彼女の眼鏡にかなったことだった。
私は宴会中、ずっと賢治ばかりを見ていた。
でも、今も、彼からはそれらしい特色は発見できなかった。
次の日の朝だった。
半数以上はこの宿に泊まった。
帰り支度を終え、私は玄関に向かった。
偶然にも、彼女ら夫婦と行き会った。
「おはよう、昨日は楽しかったわね」
「ああ、そうだね」
「また、こんな風に近いうちに会えるといいわ」
「ああ」
私は当たり障りない相槌を打ち、大きな下駄箱から靴を取り出し、三和土に置いた。
足を靴に滑り込ます。
ふっと笑った。
今まで何度も繰り返した言葉の主がすぐそばにいた。
靴べらを使う。
足はしっかりと靴の中に納まった。
彼女は、私を見ているだろうか?
「じゃあ、また」
私は立ち上がり、彼女たちを見た。
彼女は、わずかに私に手を挙げただけで、そばにいる賢治に向かって声を上げていた。
「もう、賢くん、何度言ったらわかるの、靴のかかとつぶさないの!」
完
作者ページ
蒼井シリウスさんの日記
ショートショート 『靴のかかと』 後編
[作成日] 2015-08-12 13:46:44
日記へのコメント
はじめまして。
すみません。
こういうグサリ、とまではいかなくても、チクチク刺さるトゲのある作風が売りなので(笑)
「かかとをつぶす人は嫌い」と言われたのは本当で、同窓会の話は妄想です(笑)
今週末、リアルに中学の同窓会があるので、今朝、ふと昔のことを思い出し、皮肉なオチを思いついたので、書いてみました。
やっぱりそんなことありますか?
私だけじゃないんですね、安心しました。
すみません。
こういうグサリ、とまではいかなくても、チクチク刺さるトゲのある作風が売りなので(笑)
「かかとをつぶす人は嫌い」と言われたのは本当で、同窓会の話は妄想です(笑)
今週末、リアルに中学の同窓会があるので、今朝、ふと昔のことを思い出し、皮肉なオチを思いついたので、書いてみました。
やっぱりそんなことありますか?
私だけじゃないんですね、安心しました。
はじめまして。
楽しく読ませて頂きましたが、
何となく、心にズキっと突き刺さり、
蘇った記憶がありました。
多分、私も主人公と似た経験があり、
それがキッカケになって、
治した癖があります。
大人になった今は、
治せて良かったと思いましたし、
今、あの時に言われた事も良かったと思うんですが、
言われた相手にいい思い出もなく、
今では偶然にも会う事もないでしょうが、
もし、会う事があれば、
『あなたに言われた事は、
ごもっともで、
治せた事に感謝はしてるけど、
言われたのがあんたなのが癪にさわるわ!』
と言ってやりたい気持ちまで蘇りました。
この物語は私にはほろ苦い。
楽しく読ませて頂きましたが、
何となく、心にズキっと突き刺さり、
蘇った記憶がありました。
多分、私も主人公と似た経験があり、
それがキッカケになって、
治した癖があります。
大人になった今は、
治せて良かったと思いましたし、
今、あの時に言われた事も良かったと思うんですが、
言われた相手にいい思い出もなく、
今では偶然にも会う事もないでしょうが、
もし、会う事があれば、
『あなたに言われた事は、
ごもっともで、
治せた事に感謝はしてるけど、
言われたのがあんたなのが癪にさわるわ!』
と言ってやりたい気持ちまで蘇りました。
この物語は私にはほろ苦い。