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その他 ・今日が水曜日である事の意味さえ
今日が水曜日である事の意味さえ、女は、とうの昔に忘れたままで・・

亡くなった叔父から、今どき流行りそうにない喫茶店を、彼は物好きにも引き継いだ。生涯独身で通した叔父には、自分の店を流行らせ将来の為に財を蓄えるという考えは到底無かったらしい。実際、素人に毛が生えた程度のメニューに熱心な固定客などいるはずもなく、思った以上に、客の入りは惨憺たるものであった。
だからこそ尚のこと、水曜日のいつもの時刻に姿を見せる一人の女性客は、いやが上にも目についた。
席に着くや、毎回、自身の懐から、すっかり黄ばんで皺くちゃになった紙切れを取り出しては、飽きもせず眺め続け、ほんの一言、二言ほどの短さなのか、何度となく同じ箇所を、指先は、その一字一字を、ゆっくり確かめるように行き来している。
新しい店主に挨拶をする訳でもない、そんな二人の間で初めて言葉が交わされたのは、ある日、彼女が店を去り際、意を決した様に、待ち人からの伝言の有無を、彼に尋ねた時の事だ。
紛れもない叔父の名前を、彼女の口から聞き、かつて唐突に他人から店を引き継ぎ、慣れない商売を叔父が頑なに続けた理由について、彼なりに思いを巡らせてみた。

喜びや悲しみを表さず、二人して、同じ時を耐え続けてゆくこと、そして、ただそれだけを、償いとして一人で繰り返さざるを得なかった叔父の遠い過去は、もう確かめる術もない。
今どき流行りそうにない喫茶店を、何の気なしに引き継いだに過ぎない彼は、店を後にする彼女の、何処へ向かうとも分からない行く先を、それ以降、二度と追う事もなかった。
[作成日]2020-05-13
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