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歪んだ鏡が割れる時
第5章 第五章
11月も半ばを過ぎ、街を行く人々の装いに、手袋やストールが加わった。
冷たい北風に背中を押され、温かな我が家へと急ぐ人達。その中に紛れ、私も当たり前の顔をして我が家へと急いだ。

「いつでも会えるじゃないか、私はいつでも君を想ってる。透子、今日は帰りなさい、その方がいい」

雅人から連絡が来たのは、コンサートが終わって松岡とホテルに入った時だった。

──いい知らせがあるよ
仕事を適当に切り上げて早めに帰る
食事は済ませたよ
透子の好きなケーキ買って帰るね
コーヒーでも入れて待ってて

運よくチケットが手に入ったという事を理由に、初めて私から松岡を誘ったその日、夫の帰宅は深夜の筈だった。

メールを見て黙り込んだ私に、帰ることをすすめた松岡。

「帰りたくない……」

つぶやいた私にストールを巻き、手袋を手渡した。

「素晴らしい演奏だったね、指揮もよかった。次は私が誘ってもいいかな?」

「でも、次もまた……」

「心配いらない、またその次がある。ほら、君は今日休日なんだろう?早く戻って家にいないと……」

そっと抱き締めて、彼は私の為にドアを開いた。

当然の事だ。
家庭を優先させなければ、何もかも終わる。

ぞっとドアを閉じて、背中を向けた。
続ける為に、この罪深い関係を──。



街中の渋滞を考慮すれば、雅人より早く帰り着くのは分かっていた。それでも、最寄り駅に降り立った私は、先を急いだ。

自分のいるべき場所といたい場所、それが同じでない事が虚しい。なぜそう感じてしまうのか、そんな自分が情けない。

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