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歪んだ鏡が割れる時
第5章 第五章
婚姻届けを提出したら、もう恋愛など必要なかった。
だから、平凡で地道な生活を、面倒なもので混乱させている知人の事を、冷静な目で諭したりもしてきた。
でも今、自分がそこにいて混乱している。

駈け出した。駈け出さなければ、また彼の腕の中に戻ってしまいそうだった。





「ただいま」

「おかえりなさい」

「あーいい香り、さすがブルーマウンテン」

テーブルにケーキの箱を置き、コートを脱ぎながら寝室に入っていく雅人。

「わぁ、ここのケーキ美味しいのよね、知ってたの?」

大げさに喜んで見せた。

「うん、いつだったか、職場の女の子達が話してるのを聞いて、店の名前だけ憶えてたんだ」

上着を脱いで、洗面所に向かう夫。

手を洗ってくるのを見計らって、コーヒーとケーキ2人分をテーブルに並べた。

「さてと……、おー、旨そうだなこのチョコケーキ」

「……」

「透子のそれも旨そう、じゃ、食べようか」

「うん、いただきます」

「いただきまーす」

夫は上機嫌だった。いい事があったから、わざわざ寄り道して、有名店のスィーツを買ってきてくれたのだ。
ショートケーキ3つと、チョコムース1つ。

「ねえ、雅人、いい知らせって、なに?」

コーヒーを一口飲んで、夫が口を開いた。

「うん、実は、内示があって……俺、課長に昇格らしいよ」


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