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ホントの唄(仮題)
第1章 一人と一人
※ ※
「ううっ……なんか、冷えるな」
季節は、もう初夏。にも拘わらず、真夜中に吹き荒ぶ強風が、中年の衰え始めた身体へと突き刺さっていた。
住宅街の静かで暗い道を進みながら、俺は半そでの細腕を軽く擦る。寒く感じてしまうのは、何もこの夜の気候による処ばかりではなかった。
亜樹の部屋を追い出され――俺は仕方なく、自分のアパートへ向かってトボトボと歩く。
「もう、来ないでくれる」
それは、ほんの十分前。俺が亜樹から言われた言葉である。顔がにこやかだったから余計に、突き放された実感は強烈だ。
それでもある程度は予想されたことだから、その意味ではあまりショックではなかった。
会社を辞め、次の職の当すらない――俺。
すなわち、そんな自身を端的に言い表すとしたら――新井裕司(あらい ゆうじ)40歳・無職、となる訳であり。
「まあ……止む無し、か」
それを胸にした時、俺は苦笑を浮かべるのが精一杯だった……。