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潮騒
第11章 正一郎の帰還 ー白波ー
秋も深まり、冬が来る頃、正一郎が約一年の出稼ぎから帰ってきた。

「お疲れさん」

「おう。」

正一郎は、まるで散歩から帰った程度のような素っ気ない応えしか返して来なかったが、菊乃はもう腹を立てる事もなかった。

帰宅する正一郎の為に、晩飯には今朝獲れたばかりの秋刀魚で鮨を作っていた。
秋刀魚というと名前に秋と入るくらいで、関東や北の方では秋が旬の魚であるが、潮に乗って南下し、この辺りで獲れだすのは冬のかかりだ。
その間に程よく脂が落ち、締まった身は、酢で締めて姿寿司にするのが村の定番だった。

刺身でも食べられる新鮮な秋刀魚の姿鮨は、正一郎の好物でもあった。
好物の秋刀魚鮨を見た正一郎は顔をほころばせ、おぉ、これこれ、と嬉しそうに食った。

正一郎が居ない間、酒を呑む者が居なかった為、菊乃は酒を買うのを忘れており、それを詫びると、怒られるかと思いきや、そうか、の一言で済まされた。

「瀬戸内の魚はどうも味がはっきりせんの。」

荒い外海を回遊して来た魚ばかり食べて育った身には、瀬戸内の凪いだ海で獲れる上品な白身魚は口に合わなかったと見える。
正一郎は刺身もたらふく食い、楊枝で歯を梳いた。
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