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kiss
第8章 reach
「應治」
濡れた声。
ふやけそうなくらいキスをした後に、光樹が囁く。
「あと一時間の間にね、おれの首を絞めてほしいの」
向かい合ったまま、二人の間に沈黙が下りる。
光樹は笑ったまま。
俺は無表情のまま。
「……厭だと言ったら?」
「どのみち、凜の手に渡るときにこれを飲むつもり」
傍らに脱ぎ捨てた服を探り、錠剤を取り出す。
「一発で天国見れちゃう、素敵なお薬」
俺はその細い手ごと握りしめた。
「なんで雨がすきなんだ?」
戸惑った顔。
そうだ。
軽々死を語るよりも、その顔の方が似合っている。
俺はそっと手を下ろさせる。
「なんで……そうだね。太陽はさ、乾かしてくれるけど、汚れは落としてくれない。雨は全部洗い流してくれる。おれね、あの河原が大好きなの。たまにあの濁流に飛び込みたくなるけど……」
「そうか」
「應治は?」
自分の言葉をかき消すように急いで尋ね返す。
たぶん、無意識に出た本音だったんだろう。
「俺は……さあ? お前が尋ねてきたときに、なんとなく答えてた」
「なにそれ」
「雨の中のお前がなんか、綺麗に見えて」
額をくっつけて囁く。
「……なにそれ」
「今度は晴れの中で見たいなって思ったくらいだ」
「なに……」
言葉が続かなかった。
光樹は涙を手で覆う。
その手には、新しい傷跡が増えていた。
「なにそれぇ……」
泣き声が、雨の音に混じる。
ザー。
あの日よりも強い雨。
「おれは綺麗なんかじゃないのに」
「鏡見たことあるか?」
「あるよ」
二人でくすくすと笑う。
つーっと光樹が耳をなぞる。
「應治はピアスつけてないんだね」
「手入れが面倒らしいからな」
「だね」
俺も手を上げて、光樹の耳に触れる。
赤くただれた三つの鉄に挟まれた耳たぶ。
「これね。凜のお兄さんにつけられたの。外せないタイプなんだって」
「痛くないか」
「痛いよ。耐えらんない」
こどもっぽく云う。
弱音。
「あー。あと何分かな」
「俺の見た夢を教えようか?」
「え?」
「俺たちは運よく助かるんだ。あの向こうの部屋に突然やってきた正義の味方のお陰で」
「なにそれ。今までで一番笑えない」
そう口ではいいながら光樹の頬は緩んでいる。
「應治は救ってくれないの? 他人任せ?」