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kiss
第16章 blood 未完

ひとつひとつ、覚えている。
あいつらの歪んだ顔も、涙にまみれた眼も、食いしばった口元も、震える指の振動も、ずぐりとした感覚も、何度瞬きしてもまだその顔が見える絶望も。
ふわっと頬に温かい唇が触れて、過去が砂のように消え失せる。
冬矢のキスは生クリームに舌をうずめるみたいに気持ちを満たしてくれる。
その唇が光を反射しているのを見て、頬に伝っていた涙に気づいた。勢いよく息を吸えば、鼻が醜い啜り音を立てた。
ああもう、無様。
「タイムリミットはわかってるんだよ……だから、こそ、嫌なんだ。最後に食べるなら冬矢がいい。でもそしたらもう、最期なんだよ。どんなに豪華なホテルを渡り歩いても、どんな料理を食べても、一人を自覚しないといけない。つまらない映画をいくつ観ればいい。誰に文句を垂らせばいい。冬矢が僕をこんなに馬鹿にしたっていうのにっ!」
弾けるように立ち上がり、寝室に走る。ベッド下の引き出しの奥には、いつでもその時を試せるようにと重く長細い箱が入っている。
ベッド脇に膝をついて、取っ手に指をかける。
今すぐ最期を迎えたい。
「俺はね、永夏」
扉にもたれた冬矢を振り返る。
優しく笑った目が、己の愚行を引き立てる。
「愛した人が去年一気にいなくなった」
知ってる。
知ってるよ。
だってあの爆発はどこに居たって見えたし、どんなに深く眠っていても叩き起こされたろうさ。
二百二十二人ていう悪魔みたいな数字の犠牲者を出した空中衝突事故。
何で知ってるって。
僕も乗ってたんだよ。
だから、冬矢に家族の話をされた時に歪んだ運命を呪った。
あの時僕も消えちゃえたら会わずに済んだのに。
不死なんて、押し付けられた迷惑でしかない。
果てない渇きに人間を捨てて、空虚な時間の海に放られて。
取っ手を引いて箱を取り出し、無造作に蓋を床に捨て、刃先が視界を占める。
鏡面のように光るそれは、よからぬ考えに誘ってきた。
「……永夏が現れなかったらとっくに捨ててた命だ。好きに使っていいよ」
そこに最悪の言葉が乗ってきた。
ふっと唇を持ち上げて、床を踏みしめ立ち上がる。
「じゃあ、こっちに来て。キスしてよ」
柔らかな自分の舌にそっと牙を立てた。

