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kiss
第9章 finger
 陽が差している。

 透明なガラスを貫いて床を舐める光を目でなぞった。
 ようく見ると少し揺れている。
 こう、縁の方が。
 陽炎みたいに。
 窓がある楽屋は珍しい。
 天井付近に小さくだけど。
「帯、出番だ」
 ノックもせずに入ってきたのは白井帯乃のマネージャー。
 桃木太一。
 明るすぎる茶髪とその長さから、帯乃の属するユニットのメンバーだとよく勘違いされている。
 れっきとした裏方だ。
 その自覚のない金のコンタクトレンズも含めて、スタッフの中で浮いている存在。
 銀のリングピアスが両耳でちらつく。
「桃ちゃん、タバコ」
「その呼び方やめろっていってんだろ」
 悪態を吐きながらも黒いスーツのポケットからタバコとライターを取りだし、帯乃に渡す。
「僕だって帯乃って呼んで欲しいんだけどね」
「本番まであと十分だ」
「無視しないでよ」
 すでにセットされた長い銀髪を、派手な指輪で装飾された指でとかす。
 無造作に咥えたタバコの灰が衣装に落ちそうなのを桃木は苛々と見つめる。
「あの司会嫌いなんだよね」
「打ち上げで仲良く喋ってたじゃないか」
「五十過ぎたセクハラジジイだよ。本番中に触ってきやがった……撲殺したい」
 儚い雰囲気の白い肌とは裏腹に、血のように紅い唇から迫力ある声で呟く。
「初耳だぞ、それ」
「桃ちゃんに言ったらその場で殴りかかりそうだったから」
「今からでも間に合うか」
 冗談か本気か、桃木は腕時計を仰々しく確認する。
「別にさ……トイレで襲って来たら、こっちもこたえてあげないこともないのに」
 目を細めて言う帯乃にニヤリとする。
「その場合、タチはお前だろ」
「当たり前でしょ」
「大スクープだな」
「一面トップ。でもスポーツ紙だから誰も信じないってのがオチ。最高」
「あと五分だぞ」
「早くない?」
 不満げに灰皿を引き寄せる。
 廊下ではいくつもの足音が響いていた。
 隔週で出演している音楽番組の収録。
 メンバーは先に行って待っているが、いつも帯乃だけが最後に向かう。
 なぜか。
 メンバーの前では喫煙権利がないから。
 単純明快。
 それを知る桃木がいつもタバコとライターを数分の余裕と一緒に持ってくるのだ。
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