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わけありっ、SS集!
第12章 酒、パンダ、キス

「ねえ、迎え来てー。お酒飲みすぎて歩けなーい」
近くの居酒屋から、彼の携帯にそう電話した時の反応はあまり覚えていない。
怒ってんだろうなぁ。ううん、呆れ果ててるかも。
彼は居酒屋に着くなり会計を済ませ、無言で私をおぶって店を後にした。
都会のネオンの中を、黙々と歩き続ける。
「……何やってんだよ」
低い呟きに聴覚を刺激され、意識を半ば失いかけていた私はびくりと肩を震わせた。
――決して怒鳴らない彼が怖い。
付き合い始めの頃、彼に初めてパンダのぬいぐるみをプレゼントした。
けれど二年経った頃に布が破れて中から綿が出てきてしまった。
汚れで黄ばんでボロボロになったそれを、彼はためらいなく捨てた。なんの躊躇もなく捨ててしまったのだ。
青いゴミ袋から透けて見えるパンダを思い出し、私はぞっとして、彼にしがみつく腕に力を込めた。
今日みたいに迷惑ばかりかけていたら、呆れられていつかあのパンダのように私も捨てられてしまうのだろうか。
たまらなく怖くなった。
衝動的に褐色の肌に唇を押し付ける。
「ごめんなさい」
謝罪の言葉にも首筋へのキスにも、返答はなかった。
変わりに頭に彼の手が触れ、髪を柔らかく掻き回される。
それだけで、凍りつきそうな不安が溶けていく。
……ああ、本当に、今夜は飲みすぎたみたいだ。

