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あなたが教えてくれたこと
第8章 8
夫が誰か他の女に夢中になって、向こうから別れを切り出してくれることだけを淡く夢見る。

「今日も帰りは遅いのですか?」

出掛け様に訊くと正嗣が意外そうな顔をして振り返った。

「ああ。まあな」

靴べらを返しながらそう答えた。
正嗣の帰りを訊ねることはほとんどなかった。ただ待つのが嫁の務めだと躾けられてきたからだ。

「なんだ、寂しいのか?」

湧いた違和感を曲解した正嗣は、好色な笑みを浮かべて逆に訊いてくる。
『やぶ蛇だった』と悔やみながらもぎこちなく微笑み返すしかなかった。
鋭い彼のことだ。たった一言が命取りになることだって充分にあり得る。

「なるべく早く帰ってこよう」と言い残し、夫が出て行く。
その背中を見送ってから紫遠は玄関に力なく腰を落としていた。

『彼に穢されるかもしれない』
そう思うと身震いがした。これまで夫の求めに応じなかったことはない。
月のものが来ていても、優先されるのは正嗣の性欲だった。
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