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あなたが教えてくれたこと
第6章 6
「いえ。特には」

しかしそこは落ち着いて答えた。
義父に犯されそうになったことも、息子の家庭教師と不実を働いたことも、もちろん言えるはずがない。

「そうか」

普段彼がそんなことを訊いてくることは滅多にない。

「どうかされましたか?」

言葉の真意が気になって、つい訊ね返してしまった。

「いや。なんだかお前がいつもより綺麗に見えたからな」

今度は動揺を隠しきれなかった。
ほとんど目も合わさなかったのに僅かな変化に気付く野生の嗅覚に冷や汗が噴き出る。

「ありがとうございます。きっと、正嗣さんが帰ってくるのが嬉しいからです」
「ははは。帰って早々おねだりか? 勘弁しろよ。今夜は疲れてるんだ」

咄嗟の嘘は考えて出たものじゃなかった。彼の嗅覚が肉食獣の本能ならば、紫遠の嘘は草食動物の危険回避の本能だった。
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