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霞草
第8章 別離
「しかし、霞ちゃんの兄ちゃん、って、なんだか変な呼び名だったね。あだ名の…」
「えっ?」
「あっ、……いや、その………なんでもないよ。兄ちゃんなんて気安く呼んで悪かったね」
店主が口ごもる。
僕はよく聞き取れなかった。
「今度はお客様で来てよ。
誰かに花束プレゼントするいい男になりそうだから、」
なんだか誤魔化されたようだが、もう一度頭を下げお礼を言う。
はっきり聞き取れなかった部分がとても大事な気がして、しこりになりつつも店をあとにする。
昼前に用事は済ませたが、一人でランチするのも気がひける。
僕は弁当を買い自転車を借りて、「明日の見える丘」を目指した。
ひと月近く経った丘の花たちはどう変わっただろう。
丘の斜面に足を投げ出し、弁当を食べる。
より一層花が増えて美しいのだが、一人のせいか前回ほど感動しない。
消えゆくまで続く線路も、帰ったあとの霞との距離を示しているようで、見るのも辛くなり、その場を立ち去った。
駅前に戻りながら、泉にも寄ってみたが、冷たい澄んだ水に触れても、週末に行った滝、霞とここに来たことを思い出し寂しくなるだけだった。