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こじらせてません
第4章 拘繋


終業してすぐに席をたったのに、エントランス・ロビーへ行くと、すでに理絵子がいた。

定時で仕事を終えた社員が、そばを通り過ぎていく。
そこへ常務が降りてくるや、理絵子は魅惑的な笑顔を放ち、これを誘い寄せた。

「おー、三宅さん。今日は女子社員と一緒なんて珍しいねぇ」
「もぅっ、常務ったら、どういう意味ですかー」
「おっとっと。これからナントカコンパってやつかな。僕も行っていい?」
「まーたぁ、そんなのじゃありません。女子会です、女子会。って、独身三十路女、二人だけですけど」

ちょっと待った。自分はまだ、29.875歳だ。

それはさておき、理絵子は偉いオジさんの扱いには慣れているらしい。適度に礼儀正しく、しかしもうオフタイムなのだから、適度に馴れ馴れしく、ほころばしく話をしている。

「ええと、君は……」常務がミサを見上げてきた。「いつかの役会でプレゼンした……」
「はい。企画開発の高橋です。あのおりは大変、お世話になりました」
「そうだそうだ。いやぁ、カッコよかったねぇ。もう、曽根くんじゃなく、高橋さんが本部長やりゃいいんじゃないの?」
「いえ、そんな、とんでもありません」

冗談話に恐縮していると、

「あっ、そうだ常務。赤坂に常務がお好きそうな和食のお店、見つけたんですよぉ。今度、ご案内させていただきますね」

理絵子がポンと腕をやさしく叩き、すぐに常務の興味を自分へと戻させた。

「おいおい、奢らせようっていうのかい?」
「やだ、常務ぅ。私のこと、どんなキャラだと思っているんですかー」

たしかに、どんなキャラだと思った。

半歩距離を詰め、何気ないソフトタッチを繰り返している姿を眺めていると、そういった技能が習得できる飲食店で働いたことがあるのではないだろうか、と思えてくる。

「あ、いかん、遅れちまう。……じゃ、はいコレ。みんなには内緒だよ?」
「わっ、だめですよ、常務」

理絵子は常務が差し出したタクシーチケットへ、手のひらを向けたが、

「ま、その代わり、今度合コンがあるときは、よろしく頼むよ」
「おいおーい、よろしくってどない意味やねーん。……、……失礼しました。頂戴いたします。ありがとうございます」

すばやく指間でチケットを摘みとり、手の甲へと裏返して突き出したあと、一歩下がって深々とお辞儀をした。
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