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こじらせてません
第2章 馴致


改めて思うと、世間一般的に、ごく標準的な両親だった。一人娘とはいえ、特別箱入りとして扱われてきたわけではない。

しかし、ごく標準的な両親であるがゆえに、娘が婚約者に女を作られ、しかも相手は子供をもうけてしまい、婚約破棄に至ったと聞いて、電話をかけてきた。ミサは両親に伝えるのを失念していた。黒居が仲介人への仁義を通して連絡を入れていたらしく、当然知っているものとして触れずにきた叔母から遅れて伝え聞き、仰天したらしい。

ミサは己のうかつさを恥じ、無連絡であったことを詫びた。

そもそも両親は、十年に及ぶ「婚約中という状態」を、「中途半端な状態」とみなし、気にかけていたのかもしれなかった。

かつ両親は、婚約破棄からもう一ヶ月も経っていることをもって、そんなにも長く言い出さぬのだから、娘はこの上もなく傷ついているのだ、と推察を巡らせていた。

だから両親は、世間一般並の、当然の怒りをもって、「黒居に責任を取らせてやる」と言ってきた。

ミサは黒居たちに言ったのと同じ理由を述べ、「やめて」と言った。

それを聞いた両親は、世間一般並の、当然の心配をして、「大丈夫なのか」と訊いてきた。

ミサは身も心も大丈夫だったので、「大丈夫」と答えた。

すると両親は「『大丈夫か』と訊かれて、すぐに『大丈夫だ』と答えるなんて、大丈夫じゃないんじゃないか」と、言いがかりに近い疑問を向けてきた。

大丈夫だったミサは当然、そんなこと言われても、と思った。いっそ大丈夫だなんて言わなければよかった、と悔やんだ。

なぜならば、急いでいたのである。

地下鉄を降りて、出口に向かう途中に出た電話だったから、歩きながら話していた。つまり家路を急いでいた。

電話というツールは音声だけであるから、図示はもちろん、身振り手振り、顔つきを伝えることができない。長時間のコミュニケーションには向かないものだ。

都内の地下鉄は、場所によっては電波が悪いから、いつもはイライラすることがあったが、この時ばかりはうまい具合に切断してくれないかな、と願った。

もちろん、何ら根本解決にならない。
合理性を欠くほど、ミサは急いでいた。
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