この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
こじらせてません
第2章 馴致
1
改めて思うと、世間一般的に、ごく標準的な両親だった。一人娘とはいえ、特別箱入りとして扱われてきたわけではない。
しかし、ごく標準的な両親であるがゆえに、娘が婚約者に女を作られ、しかも相手は子供をもうけてしまい、婚約破棄に至ったと聞いて、電話をかけてきた。ミサは両親に伝えるのを失念していた。黒居が仲介人への仁義を通して連絡を入れていたらしく、当然知っているものとして触れずにきた叔母から遅れて伝え聞き、仰天したらしい。
ミサは己のうかつさを恥じ、無連絡であったことを詫びた。
そもそも両親は、十年に及ぶ「婚約中という状態」を、「中途半端な状態」とみなし、気にかけていたのかもしれなかった。
かつ両親は、婚約破棄からもう一ヶ月も経っていることをもって、そんなにも長く言い出さぬのだから、娘はこの上もなく傷ついているのだ、と推察を巡らせていた。
だから両親は、世間一般並の、当然の怒りをもって、「黒居に責任を取らせてやる」と言ってきた。
ミサは黒居たちに言ったのと同じ理由を述べ、「やめて」と言った。
それを聞いた両親は、世間一般並の、当然の心配をして、「大丈夫なのか」と訊いてきた。
ミサは身も心も大丈夫だったので、「大丈夫」と答えた。
すると両親は「『大丈夫か』と訊かれて、すぐに『大丈夫だ』と答えるなんて、大丈夫じゃないんじゃないか」と、言いがかりに近い疑問を向けてきた。
大丈夫だったミサは当然、そんなこと言われても、と思った。いっそ大丈夫だなんて言わなければよかった、と悔やんだ。
なぜならば、急いでいたのである。
地下鉄を降りて、出口に向かう途中に出た電話だったから、歩きながら話していた。つまり家路を急いでいた。
電話というツールは音声だけであるから、図示はもちろん、身振り手振り、顔つきを伝えることができない。長時間のコミュニケーションには向かないものだ。
都内の地下鉄は、場所によっては電波が悪いから、いつもはイライラすることがあったが、この時ばかりはうまい具合に切断してくれないかな、と願った。
もちろん、何ら根本解決にならない。
合理性を欠くほど、ミサは急いでいた。
改めて思うと、世間一般的に、ごく標準的な両親だった。一人娘とはいえ、特別箱入りとして扱われてきたわけではない。
しかし、ごく標準的な両親であるがゆえに、娘が婚約者に女を作られ、しかも相手は子供をもうけてしまい、婚約破棄に至ったと聞いて、電話をかけてきた。ミサは両親に伝えるのを失念していた。黒居が仲介人への仁義を通して連絡を入れていたらしく、当然知っているものとして触れずにきた叔母から遅れて伝え聞き、仰天したらしい。
ミサは己のうかつさを恥じ、無連絡であったことを詫びた。
そもそも両親は、十年に及ぶ「婚約中という状態」を、「中途半端な状態」とみなし、気にかけていたのかもしれなかった。
かつ両親は、婚約破棄からもう一ヶ月も経っていることをもって、そんなにも長く言い出さぬのだから、娘はこの上もなく傷ついているのだ、と推察を巡らせていた。
だから両親は、世間一般並の、当然の怒りをもって、「黒居に責任を取らせてやる」と言ってきた。
ミサは黒居たちに言ったのと同じ理由を述べ、「やめて」と言った。
それを聞いた両親は、世間一般並の、当然の心配をして、「大丈夫なのか」と訊いてきた。
ミサは身も心も大丈夫だったので、「大丈夫」と答えた。
すると両親は「『大丈夫か』と訊かれて、すぐに『大丈夫だ』と答えるなんて、大丈夫じゃないんじゃないか」と、言いがかりに近い疑問を向けてきた。
大丈夫だったミサは当然、そんなこと言われても、と思った。いっそ大丈夫だなんて言わなければよかった、と悔やんだ。
なぜならば、急いでいたのである。
地下鉄を降りて、出口に向かう途中に出た電話だったから、歩きながら話していた。つまり家路を急いでいた。
電話というツールは音声だけであるから、図示はもちろん、身振り手振り、顔つきを伝えることができない。長時間のコミュニケーションには向かないものだ。
都内の地下鉄は、場所によっては電波が悪いから、いつもはイライラすることがあったが、この時ばかりはうまい具合に切断してくれないかな、と願った。
もちろん、何ら根本解決にならない。
合理性を欠くほど、ミサは急いでいた。