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第2章 馴致


「食べちゃいたい」とは、ミサも自分で言っておきながら、さすがに、大人の女の発言としていかがなものか、という懐疑が頭をかすめた。もちろん、アキラが可愛いくて愛玩したい、という熱望を含意したメタファーだった。

しかしミサは食べ物を前にして、これが可愛いか、などと考えたことがなかった。自分以外に目を向けても、可愛いから食べる、より可愛いものをすすんで食べる、という人を見たことがない。

とはいえ、自分のこの「食べちゃいたい(くらい可愛い)」という発言が、人類初のものであったとは、とても思えなかった。少なくともマンガの世界ではあるが、ミサのお気に入り作品で、女豹の目をしたバリキャリ主人公が少年へとまたがり、一度ならず言っていた。このシーンが深層意識にあったのかもしれないが、アキラに飛びついたときに明確に脳裏に描いたわけでもないのに、「食べちゃいたい」が口を衝いて出た。おそらくは今日のアキラの可愛いさに、「食べちゃいたい」がインスパイアされるほどの何かを見たのであり、それはこれまで「食べちゃいたい」と発話した者が、対象から本質観収してきたものと同じに違いなかった。

しかしながら、発端がいかなるものであったにせよ、アキラが引いてしまったのではないかという危惧がミサの唇をいったん離させた。誤解のないよう説明しようとしたが、間近で見つめ合う彼の瞳の中に軽蔑は見られなかった。

だから、ただ照れ笑いをした。
するとアキラの方から、再び唇を重ねにきた。

「……あ、そうだ」

とはいえ、いつまでもこうしていては、玄関に立ちづくである。事なきを得たところで、

「バッグ、貸して」

持ってもらっていたバッグを受け取り、中から箱を取り出した。上蓋には四輪馬車と、馬と向き合う従者が刻印されている。

「……?」
「プレゼント」
「え?」
「ふつうにあげるつもりだったんだけど、よかった、今日迎えに来てくれた、ご褒美にするね」

手渡して、じっと見つめる。

「……あけていい、ですか?」

期待通りの答えに、頷いてやる。
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