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薔薇色に変えて
第1章 喫茶・薔薇色
重厚な木の扉を引きながら、諦めの気持ちを笑顔に変える。
「マスター、おはようございます」
カウンターの内側で、サイフォンの中を上下するコーヒーに、
まるで我が子を見つめるような柔らかい視線を送っているのが
この店のマスター。
小此木さん(おこのぎ)さんは80歳になる今日まで、
50年近くこの「喫茶・薔薇色」でコーヒーと向き合ってきた。
昭和の時代、世の中が上へ上へと登りだし、明るい未来しか思い描けなかった、
あの良き時代にコーヒー専門店を奥様と2人で始めたそうだ。
その奥様も5年前にがんで亡くなり、その後は一人で店を切り盛りしている。
だが特に不自由を感じることはないという。
「今時はみんなチェーンのコーヒー店に行っちゃうでしょ、スタ・・なんとかとかさ。
こんな古びた喫茶店に来てくれるのは真のコーヒー好きと物好きだけだよ」
そう、客が少ないから一人でも大丈夫だと言いたいらしい。
「もしかして私は物好きの方に入れられちゃうの?」
定位置である窓際のテーブル席に着きながら
からかうような目を、人生の大先輩に向けた。
小此木さんは、それでなくても皺だらけなのに
さらにシワを増やしたにこやかな顔で、舌を出した。