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禁煙チュウ
第1章 はじまり
「バカみたいだよなぁ、どう考えても」
ふーっと長いため息。

「吸っちゃえばいいじゃないですか、タバコ」
わたしはなるべく気軽に聞こえるように言った。
「ん~」
「タバコ吸いたいって思うたびに思い出してるんですか? その人のこと」
「……」
「それこそバカみたいですよ」

ピクリ、と宮田さんの握った拳が動くのが見えた。
「わかんないよ、石井には」
聞いたことのない低い声が聞こえた。

その声やぎゅっと力の入った拳になんだか腹が立ってくる。
別れた彼女のために禁煙なんて。
しかもその人は別の人と結婚したのに。
わたしの眉間にもしわが寄ってるのが解る。

ふいに宮田さんの手が動いた。
カウンターの上を彷徨って、指先が金魚鉢に触れると顔を上げた。
ぼんやりした、悲しげな顔。
前髪にうつぶせていた跡が寝癖みたいについている。
もそもそと金魚鉢から飴を取るとのろのろと包みを開く。
無言の店の中でカサカサと乾いた音がした。

わたしの耳が脈打っていた。ドクドクと音がする。
酔っているせいか視界が滲む。
なのに宮田さんの姿だけがはっきりと見えて、パーツのひとつひとつが鮮明に目に映る。

伏せた睫毛、への字に閉じた唇、無精髭の生えた顎の、実はすんなりと綺麗なライン。
潤んだ瞳に照明の光が見える。
見ているうちに耳がジンジンと熱くなった。

宮田さんの長い指が飴を摘まんで口元へ移動する……その瞬間、わたしは無意識に宮田さんの手を掴んでいた。
「えっ」

カツン、と飴が床に落ちる音。
それを目で追う宮田さんの頬に手を当てる。
わたしはスツールから立ち上がり、宮田さんを上向かせると身を乗り出して―――キスをした。



唇が触れた時、掴んだ宮田さんの手がビクリと震えた。
女の子みたい。
目を閉じて宮田さんの唇の熱を感じながらそう思った。

わたし、酔ってる。
そう自覚した時にはもう手遅れだった。
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