この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
君がため(教師と教育実習生)《長編》
第10章 しのちゃんの受難(六)
「そういえば、後朝(きぬぎぬ)の歌、あったよね。確か、君がため?」
百人一首の歌に後朝の歌はいくつかある。けれど、「君がため」から始まる歌は、確か藤原義孝の。
「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」
あなたのためなら捨てても惜しくはないと思っていたこの命でさえ、こうしてあなたに会えた今となっては、少しでも長くありたいと思うようになりました。
――あなたと、末永く一緒にいられたら幸せです。
「まぁ、まだ朝ではないけどね」
「……宗介」
恋した女性と初めて一夜過ごした、翌朝の歌。もっと長く、あなたと一緒に生きていきたい。そういう想いの歌だ。
藤原義孝は二十一歳の若さで亡くなってしまった。恋する人と長く一緒に生きていたかっただろうに。
「私、宗介とずっと一緒に生きたいかどうかは、まだ……」
「いいよ」
私の不安も、優柔不断さも、ぜんぶ飲み込む言葉が、簡単に発せられて戸惑う。宗介はぎゅうと私の手を強く握る。
「俺の六年に早く追いついて、なんて小夜には言わないから安心して。今は隣にいてくれるだけで幸せだし、今後もそうであって欲しい」
「でも、そんな状態で結婚なんてやっぱり……」
「結婚してからも、気持ちが俺に向くまでずっと待ってる。向くまで俺も努力する。向いてからも努力するから」
なんて強い、決意の言葉。
なんて恐ろしい、執着の言葉。
「小夜の夫の座は絶対に誰にも譲らない。絶対に、誰にも、小夜を渡さない」
何でそこまで、私にこだわるんだろう?
こんなふうに執着されるような恋愛をしたことがなかったから――比較対象が礼二しかいないから、よくわからない。