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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第3章 しのちゃんの受難(二)
「しのちゃんは、嘘はつかない。社会人になったら、絶対にちゃんと向き合ってくれる。それがわかっているから、あと少し頑張ろうって、思えるんだよ」
「それは、買いかぶりすぎです」
「そう? 俺の進路を決めるとき、俺の両親に食ってかかったこと、今でもよく覚えているよ」
「それは……私も若かったので」
稲垣くんの国語の点数が上がったので、狙える大学の選択肢が増えたのに、彼のご両親は頑なに「家の近くの大学」を推した。
当時の稲垣くんのレベルでは簡単に合格できてしまう、偏差値の低い私立の大学だった。
国公立を目指すことのメリット、経済的な負担の比較、ご両親の不安を払拭できるような資料を用意し、ご両親に根気よく説明して、上の大学を目指すよう助言した。
それが「食ってかかった」ように見えていたとは、反省点だ。
生徒の将来のためだと思って必死だったし、私も怖いもの知らずだったので、としか言いようがない。
「あのとき、俺の将来のことを一番考えてくれたのは、間違いなく、しのちゃんだよ」
「そんなこと」
「ない、なんて言わないで。しのちゃん。俺は、あのとき、しのちゃんを好きになったんだから」
稲垣くんは微笑む。街灯の下、暗くてもわかるくらい彼の顔は赤い。
独身寮まで、稲垣くんはゆっくり歩く。
その意味に、私は今さら気づく。
歩幅を合わせてくれていたんじゃない。
長く話したかったんだ。
私と、話をしたかったんだ。