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サキュバスちゃんの純情《長編》
第4章 過日の果実
湯川先生に指定された待ち合わせ場所は、ホテルではなかった。新宿駅小田急線の西口。
こんなところで待ち合わせたのは、初めてだ。「旅行に行こう」と言われたのも初めてだ。
人混みの中、壁にもたれてぼんやり湯川先生を待っている。手には小さめのボストンバッグ。着替えと洗面道具、化粧道具などが必要最低限のものだけ入っている。財布とスマートフォンは、いつしかプレゼントしてもらったブランド物のポーチの中だ。
「待った?」
不意に隣から聞こえた声に顔を上げると、ラフな格好の湯川先生が立っている。ボーダーのカットソーにカーキのシャツ、ボトムは白。夏っぽい。
「スニーカーだね、ちゃんと」
「歩くって聞いたから。どこに行くの?」
「切符見たらわかるよ」
荷物が取り上げられて、代わりに大きめの切符が手渡される。自動改札機を抜けて、切符をきちんと確認すると。
「トッキューはこね? 箱根に行くの?」
「箱根に行くの」
「温泉?」
「もちろん」
切符をポーチにしまってから、荷物を湯川先生から取り返す。
驚く先生の空いた左手を取ってぎゅうと握る。ちょっと汗ばんでいるけど気にしない。そして、周りに邪魔にならないようブンブンと振る。スキップもしたくなる。
そんな上機嫌の私を見下ろしてくる先生の目は優しい。
「嬉しい?」
「もちろん!」
温泉、温泉! お・ん・せ・ん!
先生はロマンがどうの特別席がどうのと説明してくれたけど、嬉しすぎる行き先のことで頭がいっぱいではしゃぐ私には全く伝わっていなくて。
浪漫トレインの特別席に座って初めて、「何、コレ!?」と再度驚かされることになるのだ。