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サキュバスちゃんの純情《長編》
第11章 幸福な降伏

「はいはい、泣かない、あかり」

 隣の湯川先生が頭を撫でて、そのまま抱き寄せてくれる。翔吾くんはハンカチを差し出してくれる。

「大丈夫。怒ったりしていないから」
「そう。望さんも俺も、心配しているだけだから」
「あかりが傷つくのが、一番嫌なんだよ、俺たちは」

 わかっている。
 二人が優しいことも、私を甘やかしてくれていることも。ちゃんと信頼してくれていることも。私が二人を傷つけたくないと思う以上に、二人が私を傷つけたくないと思っていることも。
 十分、わかっている。

 わかっているのに、涙が止まらない。
 わかっているから、止められない。

「じゃあ、彼氏と結婚することになった、って嘘をつこう」
「望さん、早めにリング買ってあげて」
「わかった。明日買いに行こう。職場の人なら無下にできないもんな。あかりはよく頑張ってるよ」

 湯川先生、それじゃダメなの。翔吾くんのはとこなの。
 荒木さんは私と翔吾くんが付き合っているって思っているから、嘘だってすぐバレてしまう。そして、違う人と結婚することを怪しんで、絶対に何か言ってくる。

 何で、翔吾と結婚しないの?
 どういう関係?
 二股してたの?
 じゃあ、結婚してからでもできるよね?
 不倫くらい、簡単にできるよね?
 ね、月野さん?

 私は、うまく回避できると思えない。

「荒木さん、なの。翔吾くん」
「……え?」
「荒木雄一さん」

 翔吾くんの顔色が一瞬で変わる。あぁ、厄介な相手なんだな、と私もすぐに理解する。わかってはいたけれど。

「え、翔吾の知り合い?」
「……望さん、場所を移そう。ここじゃダメだ」
「え? あ、ホテル、部屋取ってあるから、そこでいい? チェックインにはちょっと早いけど……ま、いいか」
「うん、お願い」

 赤い金魚と黒い金魚が、食べかけの水色の羊羹の中を泳ぐ。楽しそうに。
 君たちは溺れなくていいよね。私は窒息寸前だよ。
 結局、海にもプールにも行っていないことに、今気づいた。せっかく翔吾くんに水着を買ってもらったのに。

 湯川先生が会計を済ませに席を立ってから、翔吾くんは溜め息を吐き出しながら、怖い顔で呟いた。

「……作戦会議だ」

 私は、二人に迷惑をかけ続けてしまう未来しか思い浮かばなくて――本当に情けなくなった。

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