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エリュシオンでささやいて
第2章 Lost Voice
タルタロス――。
ギリシャ神話で天国がエリュシオンと言うのに対して、タルタロスとは地獄を意味するらしい。
タルタロスのモグラとは、地下の存在だと、光が輝くエリュシオンでは生きれないのだと、あたしはこの二年、あたしにとっては新参者であるエリート気取りの彼らに、異分子として罵られてきた。前社長を疎んじる若社長のカラーを受け継ぎ、前社長を知りもしないくせに見下す。
新卒で会社に勤めて四年も経つのに、ここ二年あたしは雑用しか任されていない。口出ししようものなら、無能の叫びと嘲笑われる。
これが26歳、あたしの現状――。
だけど、あたし本当に、いいおじいちゃんだった前社長が大好きだったから。音楽の道を諦めたあたしにとって、音楽を拒絶するものではなく受け入れられるものにしてくれたのは前社長だった。
エリュシオンは、居心地いい落ち着けた楽園だったから。
前社長の遺志を汲み取らず音楽をどうでもいいと考える輩達に、エリュシオンを渡したくなかった。
なにより、あたしの心を助けてくれたあの天使とも関連ある、エリュシオンという名前も、あたしにとって特別だった。
あたしは天使に生気を宿して貰った。
天使と出会わねば、あたしは廃人のように生きていただろう。
もう天使に恩返しできない分、少しでも天使と関連ありそうな名前のものを、変わらぬ楽園のままで守りたいのだ。
あたしひとりはちっぽけだけど、旧エリュシオンを背負っているあたしの存在が、新エリュシオンと対になるものまで大きくしてくれたのは、新参者で楽園の異分子である彼らだから。
「さっき、庶務の新塚も辞表を出した。モグラも出すか? 引き継ぎはいらないぞ。よっぽど新卒で雇った奴の方が仕事を持って働いているから」
社長。
頑張ってきた新塚さんもパワハラ受けて、辞めてしまいました。
「エリュシオンは上場した一流企業なんだ。地下から出てきたようなお前が働ける場所ではない。モグラは地下に潜ってろ」
だったら――。
「辞表は出しません。デモ、再考してきます」
やはりあたしは、この会社に残らないといけない。
だから、悔しくても虚勢でも、あたしは笑う。
嫌がらせに負けるものかと。
ひとりでも戦うと。
背後で大きな舌打ちを聞きながら、あたしは改めてそう誓った。