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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice
 

「あ、おかえり。コンビニ近いの?」

 彼が手にしているのは、見慣れた大手コンビニのマークがついたレジ袋。

「ただいま。ん、上にある」

 コンビニまでマンションにあるのなら、本当に金さえあれば籠城できそうだ。

 彼はレジ袋を調理台の上に置いた。

 ゴン、という重い音が聞こえる。

 缶詰!?

 もしかしてサンマの蒲焼きとか鯖の味噌煮とか、缶を開けて「はい、出来た」と言われるのかしら。ご飯もまだ炊飯器に残っているし。

 だけどまあ、それならそれでいいやと、なにか微笑ましく思って、知らないふりをしてソファに座って待っていたら、ぷーんと甘い香りが漂ってきた。

 え? ジャガイモとベーコンと缶詰との料理で、なんで甘い香りが漂うの?
 まさかさっき買ってきたのはフルーツ缶で、それをお野菜と煮ているんじゃ?

 ちょっと不安になって、後ろから覗いて見た。

 ジャガイモをそのまま水の入っている鍋に入れてる!

 皮、皮!!

 その間に、取り出した包丁でベーコンを切っている。

 さすが器用な王様、サマになる物腰でトントンと音をたてて。

 やがて、もうひとつ火にかけていた……甘ったるい匂いがする鍋から、なにやら赤く見える液体を深い皿に移して、冷蔵庫に入れた。

 調理台の上には、よくあるホイップクリームとそれに似たなにかの小さな紙パックが置かれてあり、さらにあたしの不安さは募る。

 彼は一体、なにを作ろうとしているんだろう。
 なにを食べさせようとしているんだろう。

 これは、闇鍋のような恐怖があるかも。

 スマホをキッチンに置いておいてあげた方がいいだろうか。
 もしかして、作り方を根本的に間違えているのかもしれないし。

 そう思って(そう願って)寝室に行き、サイドテーブルに置きっぱなしにしてある二台の彼のスマホを手にした時、ブルルルと震えた。

 それはプライベート用のスマホからで、画面には〝渉〟とある。

 勝手に出れないあたしは、ずっとバイブが震えたままの電話を持って、キッチンに行った。

「須王、電話! 電話!!」

 しかし彼は、手にしたスマホの画面を見て、終話ボタンを押してしまう。
 
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