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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
 

「棗くんはすっぴんでも(きっと)綺麗だよ。あたしのすっぴんに比べれば、雲泥の差」

「そんなことねぇよ」

「へ?」

「すげぇ……可愛かったけど」

 ダークブルーの瞳を細めて、ふわりと顔を綻ばせて言うから、衝動的に棗くんを拭いていたタオルを須王の口に投げつけた。

「お前……っ」

「しっ! 棗くん、なにも言わないで。具合悪い時は堂々と具合悪くなっていいからね」

「言ってるのは、俺だろうが!」

「それだけ辛い過去があるのなら、無理もないわ。あたしが巻き込んで、辛いこと思い出させちゃって、ごめんね」

 棗くんの瞳が揺れている。

「ど……して……」 

「俺が言った」

 須王が力強く笑う。

「理解者は、俺達以外に柚もいる。だからひとり抱えるな。甘えていい」

 ふと思う。

 須王は誰かに甘えたりしたのだろうか。
 
 孤高で強靱な心身を持った、天才的音楽のセンスがある彼は、こうやって棗くんを励ましながら、彼は誰に励まされてきたのだろう。

 ……ひとりで、なんとかしてきたの?

「そうだよ、棗くん。頼りないかもしれないけど、あたしに出来ることあったら言ってね」

 焦点が合わないくらいに揺れていた瞳が定まり、そして静かに目が閉じられた。

「はは……。話したのか。そうか……」

 棗くんの目から涙が一筋流れ落ちた。

 それは、悲しいのか嬉しいのか嘆いているのか、まったくわからない不思議な涙だった。

「……寝たな」

 小さな寝息が聞こえ、須王がベッドに横たえて布団をかけ、頭を撫でた。

 本当に棗くんには甲斐甲斐しい……、まるで棗くんとの方が恋人同士みたいで、胸中複雑だ。
  
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