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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
 

 化粧を落とした棗くんの顔は真っ青で、ぞっとするほど血の気がなく。
 精神的の発作でも、ここまで身体に顕著に表れるほどに、棗くんが負った傷はきっと大きい。

 思えば九年間、あたしも必死で傷を塞ぐのに努力してきたけれど、もしかして棗くんや須王の傷の方が、どうにか出来てきたあたしに比べて、凄惨だったのかもしれない。

 傷と戦っていたのはあたしだけではない。

 顔に出さない須王だって、その実、悪夢を見ていたり、寝ている時ですら組織で育った身体が常人ではない動きを見せた。

 忘れようと思っても忘れられない過去。
 身体に刻み込まれている惨苦な傷を持つふたりに、あたしはなにをしてあげることができるだろう。

 その時、コンビニで買い物を済んだ裕貴くんと女帝がチャイムを鳴らした。
 そうか、ここは応答してあげないと中には入れないのか。

「あ、俺が行く。棗見ていてくれ」

「うん、わかった」

 須王が出て行きドアが閉まると、不意に棗くんの唇が動く。

「……いで」

「棗くん?」

 なにを言っているのか、口元に耳を寄せる。

「行かないで……」

 もしかして、須王が出ていったからかしら。

「須王はすぐ戻ってくるよ。それまでここに、あたしがいるからね」

 弱々しい棗くんの右手を握ってそう言うと、僅かに棗くんの口が動き、なにかを口ずさんでいた。

「棗くん?」

 やがてそれは聞こえなくなり、ドアの外で三人が戻った音がする。

「須王さん、どうしたんだよ、その手!」

 聞こえてくる裕貴くんの声にはっとする。

「ちょっと須王の手当をするね」

 しかし棗くんの手が離れない。

「棗くん? 起きてるの?」

 しかし応答がなく、棗くんの手からは力がなくなり、あたしは「須王連れてまた戻ってくるからね」と声をかけて部屋から出て行った。


「ごめん、須王……。今だけだから……。ちゃんと……いつものように、祝福するから」

 棗くんが右手を口に当て、声を押し殺して泣いていることに気づくこともなく。

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