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エリュシオンでささやいて
第1章 Silent Voice
……後日、あたしは偶然に、天使のことを知る。
天使はあたしと会った3日後、別の公園のゴミ箱から、喉を抉られ頭だけ刃物で切り落とされた姿で発見されたのだ。
その顔の頬には――
「Elysion」
という英字を、鋭利な刃物で刻印されていたという。
口からは赤い血が滴り落ちていたが、それは石榴(ザクロ)の汁であったことがあとでわかったそうだ。
……今でも彼女の歌が思い出される。
近所に住んでいるかと聞いた時に彼女が歌った歌を。
Freude, schöner Götterfunken,
(歓喜よ、美しき神々の煌めきよ)
Tochter aus Elysium,
(楽園から来た娘よ)
Elysiumとはラテン語で、ギリシャ語のElysion(エリュシオン)のこと。
彼女とElysionはなにか関係あるのだろうか。
それが気になって仕方がない。
もしかして彼女は、なにかを伝えていたのではなかったのかと。
それは今から九年前の夏、平和だった地元で騒がれた事件。
……犯人はいまだ見つかっていない――。
あの時あたしが、ひとを呼べば。
あの時あたしが、男達に恐怖しないで戦えたら。
警察に何度も訴えたが、サングラスと黒服と嗄れた声だけでは、証拠不十分としてとりあってくれず、天使に戸籍がなかったことから、身元不明でなにひとつ解決の糸口になるものはなく、事件そのものも迷宮入りとして消え去ってしまった。
あたしが天使を殺した。
あたしの心を救ってくれた、エリュシオンの天使を――。