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エリュシオンでささやいて
第13章 Moving Voice


 そして、もしもその恨みで動いていたのだとしたら――。

「朝霞さんが……、裕貴くんの家に来た靴跡男かしら」

 靴のサイズはよくわからないけれど、棗くんが推測した身長はある。

 朝霞さんが、早苗ちゃんを裕貴くんのお姉さんに仕立てて、ドーベルマンに薬を飲ませて、あたし達を襲わせたの?

 あのドーベルマンには、確かに殺気があった――。 

「……あたし達と会って、どうする気だろう」
 
 朝霞さんが須王の言う組織に囚われて動いているのなら、組織が欲しいのは、なぜだかあたしという存在だ。

 車の中で悲しそうに笑っていたあの顔を思い出しながらも、顔を焼かれた恐怖が残る朝霞さんは、きっと命令を遂行しようとするだろうとあたしは思う。

 もしも女帝と小林さんは『殺生』のための生け贄ではなく、人質として朝霞さんはその身柄を手に入れたというのなら。

 組織の掟を知るがゆえに、『殺生』という不穏な単語に誘われて、のこのこと出てしまったというのなら。

「俺は、お前を、小林と三芳の交換材料にはさせねぇぞ」

 あたしの浅はかな考えなど見越したように、須王がぶっきらぼうに言った。

「いいか、柚。俺は朝霞を殺してでも、お前を渡さねぇ」

 須王があたしの手を握る。

「なんのために俺がいる? 皆で帰るぞ、お前が笑顔になれる場所に」

 それは強くて温かくて、涙が出そうになった。


 ブルームーンよ、お願い。
 須王と共に願った、あたし達の幸せを奪わないでください――。

 
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