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エリュシオンでささやいて
第14章 brighting Voice
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千駄ヶ谷――。
あたしの記憶によれば、大通りから数本の道を奥に入ったところの、静かな道沿いに旧エリュシオンはあった。
「おや……?」
だが、いざその場所に行ってみると、昔隣にあった小さな花屋が一階にあったビルの分を含めた形で、二軒分の工事現場となっていて、足場が組まれ、灰色の養生シートがすっぽりと被せられている。
あたしが以前見に来た時は、ただの跡地となっていて、消失してしまったという喪失感を覚えたものだけれど、こうやって新たな建物が出来ることを思えば、エリュシオンのあった記憶そのものがなくなりそうで、悲しい。
あたしの中からも、前社長のいたあのエリュシオンが、なにかに上書きされて消えていくようだ。
新エリュシオンに反発をしてオリンピアを建てた朝霞さんは、この様子を見てなにを考えているだろう――。
須王は、横脇に車を停めると、静かに言う。
「いいか、俺がお前を守る。だから安心しろよ」
どことなく警戒に強張った顔をしているように見える。
ど素人のあたしが、ケロイド状の顔をした朝霞さんや、眠らせられた小林さんと女帝の姿を見て感じる、非日常的なものに対する警戒とは違い、須王の感じているものは過去の経験からなされる現実的な警告だと思う。
それが、得体の知れない恐怖を生む。
須王にこんな顔をさせるほど、待ち受けているものは過酷かもしれない。
それでも、逃げてはならない。
あたしは、仲間を奪還しないといけないんだ。
それが、旧エリュシオンに来た第一の目的なのだから。
「うん。頼りにしている」
そう笑うと、須王は切なそうに笑い、あたしの後頭部に手をあてながら、あたしの唇を奪う。
慣れた口づけは、どんな時でも蕩けるようで、あたしを熱くさせる。
唇が離れる瞬間の、須王の色気ある甘い眼差しにくらっとしながら、それでも恐怖心が収まったような気がしたあたしは、須王に笑って見せた。
「行くか」
「うん」
……柚、怖くとも笑え。
我慢するのは得意なんだから。