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エリュシオンでささやいて
第14章 brighting Voice

なにを言っても反応がなくなってしまった彼女を控え室に置いて、あたし達は店を出た。
地下駐車場まではエレベーターで行けばいいけれど、須王が夜道を少し散歩したいと言ったから、街灯と壁しかない裏路地を歩いた。
誰もいない寂しい細い道。
青白い歪な月が黒い空に淡く浮かんでいる。
翳った須王の横顔は、夜闇のせいだけではないだろう。
「……音楽とは、なんなんだろうな」
ぽつりと、須王は言う。
「音楽は神聖であって欲しいと願う俺の方が、おかしいみたいだ」
あたしは須王の腕に抱き付いて言う。
「ううん。それが正しい。今の音楽業界には、音楽を私利私欲に使おうとするひとばかりなのよ」
「……音楽は誰も支配出来ねぇよ。どうしてそんなことをわからねぇ大人が、業界の上にいるんだろうな。音楽は嗜虐さを煽るものではねぇのに」
あたしは須王の手に指を絡めてぎゅっと握る。
「そうだね」
「音楽を諦めねぇといけなくて、泣いて辛い思いをする奴もいるのに、どうして……」
須王が悲しんでいる。
強靱な肉体を持つ彼が、こんなにも心を痛めている。
彼を苦しめた組織がまた、彼を追い詰めている――。
それがこんなにも、辛くて。
須王を励ます言葉がみつからないのが、こんなにももどしくて。
あたしは須王の手の甲に、唇を押しつけた。
「柚?」
「言葉が見つからないから、だから……感じて」
もう一度唇をあてる。
「あたしはいつでも、須王の傍にいる」
ぽたりと涙が、須王の手に零れてしまう。
「喜びも悲しみも、いつでも須王の近くで同じものを感じている」
最後は震えてしまった。
すると須王の指が、あたしの涙を拭う。
「……アホ。ところ構わず口説くの、やめろって」
月明りを浴びた須王は、儚い笑みを見せていて。
まるで静かに泣いているようにも見えたんだ。

