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月光の誘惑《番外編》
第1章 月下の桜(一)

「はぁ」
今日一日で、何度幸せを逃したことか、数える気にもなれない。今日はビールでも買って、同居している弟と飲むか。明日は土曜日だし、構わないだろう。
そう考えると、幾分か気持ちが楽になる。
「きゃあ!」
進行方向から、悲鳴が聞こえた。誰か転んだのか、何か落としたのか、ガシャンという音が聞こえた。
「ひゃあああー!?」
シュルシュルシュル、と音を立てながら俺の目の前に転がってきたもの。
長年のサッカー経験で、足元に転がってきたものは、どうしても、蹴りたくなる。蹴りたくなってしまうのだ。
……が、地下鉄のコンコースにサッカーボールがあるわけがない。だから、俺はそれを止めようとして――踏んだ。
「……あ」
バキッと何かが壊れた足の感触に、俺が一番驚いている。しまった。ボールじゃなかった。
二番目に驚いたのは、追いかけてきた女だ。膝まであるモコモコのダウンジャケットを着て着膨れた女は、意外とかわいい顔をしかめて、俺の足元を見ながら、呟いた。
「私のケータイ……」
やっぱり、俺、ツイてない。

