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月光の誘惑《番外編》
第3章 月に臨み、月を望む。

 回診を一時間と少しで終わらせて、ナースステーションをあとにする。
 医局で書類とスケジュールの確認をして「休憩してきます」とジャケットを持って出ていく俺を、誰も気にする様子はない。いつも通り、遅い昼食か間食だと思われているのだ。
 救急車の音も聞こえない。急な呼び出しも、ないと思いたい。

「さっむ!」

 曇天から雪がちらほら舞い落ちてくる。ジャケットのポケットに手を突っ込んで、早歩き。走りたい気持ちを抑えて、喫茶店へ向かう。

「いらっしゃい」

 昔からある喫茶店には、よく通っている。髭の白いマスターとも顔馴染みだ。
 ブレンドを注文して、あたりを見回す。病院の先生方が何人かいるかと思ったが、普通の客しかいなかった。

 目当ての彼女は、窓際に座ってこちらを見ていた。目が合うと、小さく手を振ってくれる。かわいい……めちゃくちゃかわいい。鼻血出そう。

「すみません、お待たせして」
「いえ、いいですよ。コーヒー、美味しかったですし」

 彼女の正面に座り、さて、何から話そうと考える。
 患者の容態? 天気の話?
 友達になりませんか?
 あぁ、一体、何から話せば。

「結婚を前提に付き合って欲しい」

 自分の、女性に対する免疫力のなさを舐めていた。まさか、初めて会った人にそんな直球を投げてしまうとは思わなかった。死にたい。
 けれども、彼女は驚いて目を見開いたあと、微笑んだ。微笑んで、くれたのだ。

「結婚も付き合うこともしません。ただし、セックスだけのお付き合いなら大歓迎です」

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