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それを、口にすれば
第1章 プロローグ
ケーキが少し冷めるのを待ってから切り分け、とろりとした生クリームを添える。

そしてひとくち口に運んだところで……部屋にインターホンの音が響いた。

ピンポーン

今が大体何時なのか優雨には分かっていたが、手を止めて思わず時計を見る。

「三時……誰かしら」

孤独な日々の中で、独り言が増えている自覚はあった。
それでも、静かすぎる部屋の中、優雨はそう声に出し少し首を傾げた。

結婚当初から八年近く住んでいる駅近の分譲マンションは、オートロックで、玄関のインターホンが直接鳴ることはあまりない。
またどこかの住人が訪問販売のセールスマンを招き入れてしまったのだろうか。

居留守を使ってしまおうかと少し迷ったが……優雨はインターホンの応答ボタンを押していた。

「……はい」

「突然失礼します。隣に越して来た結城と申します。ご挨拶に伺いました」

男性の声は、丁寧な物言いにふさわしく、美しく、低く耳に響く。
モニターの中の人影は、自分とそう変わらない年頃だと思われるスーツ姿の男性だった。

(引っ越し? そんな気配は全然なかったけれど……)

「荷物はこれから届くので騒がしくなると思いますが……」

訝しむ優雨の様子がまるで見えているかのように男性は続けた。

耳に残るその声は、優雨自身も気付かないうちにその心と記憶に絡みつく。
シナモンケーキの甘い香りと共に……。





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