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暁の星と月
第7章 愛と哀しみの円舞曲
暁が執事の生田に出迎えられ、朝日が眩しく差し込む玄関ホールに足を踏み入れると、遠くから美しいピアノの音色が聞こえた。
生田はさりげなく口を開く。
「…旦那様でございます…」
…暁様がお帰りにならないのを、夜通しご心配されていらっしゃいました…。
咎めるわけでもなく穏やかに告げる生田に頷き、暁はゆっくりと音楽室に向った。

音楽室のドアをそっと開ける。
礼也がピアノに向かい、鍵盤に指を走らせている。
…ハチャトゥリアンの仮面舞踏会…
難易度の高い曲も難なく引きこなす礼也は、
「小さな頃はピアニストになりたかったんだ…」
…才能がなくて諦めたけれどね。
と、かつて暁に笑いながら告白したことがある。
弟の贔屓目を差し引いても、礼也のピアノの腕は素晴らしいと思う。

…悲劇的なメロディーが胸を打つ。
仮面舞踏会…
…舞踏会には良い思い出がないな…
暁はぼんやりと思う。

暫く、ピアノの音色に耳を傾けていると…
ふっと音が止み、礼也が温かい笑みを浮かべながら振り返った。
「…朝帰りか?…不良息子め」
しかし、暁の憔悴しきった貌を見て、はっと驚き表情を変えた。
そして、手を差し伸べる。
「…おいで、暁…」
暁は、ゆっくりと礼也に近づく。
「…兄さん…」
何と言おうと、口籠ったその時…
礼也の逞しい腕が、暁を優しく抱き締めた。
「…どうした…?こんなに哀しそうな暁の貌を見たのは初めてだ…」
礼也の綺麗な指が暁の貌を優しく持ち上げ、見つめられる。
「…兄さん…」
兄の温かい手に触れられ、暁は堰を切ったように涙を流し始めた。
「…兄さん…兄さん…」
礼也の手が優しく暁の髪を撫でる。
「…泣きなさい…哀しい時には思いっきり…。我慢してはだめだ」
…もうずっと昔、暁が礼也に引き取られた日に言われた言葉だ。
声を押し殺し、静かに泣く暁に礼也は囁く。
「…辛い恋をしていたのだね。…暁…」
…でも…と、労わるような声が続く。
「…私がいるよ。…私がいつもお前の側にいる…」
「兄さん…!」
…そうだ。
初めての恋を失くし、生きる希望も失くしたけれど…
僕には兄さんがいる。
…大好きな大好きな兄さんがいる…。

暁は、礼也に強く抱きつき、嗚咽を堪えた。
礼也は黙って、暁の背中を優しく撫でる。

…礼也の元に、大紋と絢子の婚約の報が届いたのは、それから半月ほど経った日のことであった。


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